エントロピー的な力について考えてみた

ゴム

エントロピック重力理論の影響なのか、エントロピー的な力という言葉を目にする機会が増えた気がします。
そこで、エントロピー的な力(エントロピー力)について、色々考え直してみました。

エントロピー的な力とは?

エントロピー的な力の例として必ず出てくるのが、ゴムを引っ張ったときに発生する縮もうとする力です。
ゴムの弾性(力を加えると変形し、力を除くと元に戻る性質)は、エントロピー力の代表なので、その説明から入ります。

ゴム弾性の機構

ゴムは、くねくね曲がっている長い分子(高分子)が、ところどころで束ねられている構造になっています。
分子は、自由気ままにくねくね動きます。
それだけだと形を保つことができないので、結束点を設けているのです。

ゴムの構造と延伸

これを引っ張ると、結束点間の距離が変わります。
分子は結束点の距離を元に戻そうなどとは思っていません。
自由気ままに曲がりくねるだけです。
最終的に自由に曲がりくねったときに、一番確率が高い距離に落ち着くのです。

通常の固体は

通常の固体も弾性を示しますが、これはエネルギーが要因です。
引っ張ると分子間の距離が長くなり、ポテンシャルエネルギー(位置エネルギー)が大きくなります。
そのため、元に戻ってエネルギーを減少させようという力が働くのです。

これをエネルギー弾性、ゴムの場合をエントロピー弾性と呼んで区別しています。

ゴム以外のエントロピー的な力は?

ゴム以外の身近な例というのは、あまりないような気がします。
高分子を扱っていると、ちょこちょこ顔をだすのですが、なかなか説明できるようなものではありません。

あるとしたら、生体系でしょうが、そちらには詳しくないので申し訳ありません。

熱力学にとって力とは?

エントロピーというのは熱力学の用語ですが、熱力学で力を扱うことはほとんどありません。

というのも、熱力学では力に相当するものは、圧力として得られるからです。
圧力と言っても、プレス圧のように一方向に働くものではなく、全方向に均一に働く圧力です。

これは、熱運動が完全にランダムなことに起因しています。

ですから、一方向に働く力(力は方向を持ったベクトルです)は熱力学ではなじみがないのです。

もちろん、圧力が異なる境界面では力が発生しますが、その大きさや方向は容器の形状などで決まるものです。
エネルギーの観点からは、力そのものではなく、”力×その方向に動かした距離”で表される”仕事”が重要になります。

熱力学では均一な圧力を扱うので、ほとんどの場合、仕事は”圧力×体積変化”と方向とは無関係な形で使われます。

ゴム弾性は、ランダムな熱運動から一定の方向に働く力が得られるという珍しい例なのです。

気体の圧力

ちょっとわかりにくいので、気体の圧力で考えてみます。

図のように、空気の入ったピストンを押すと、押し返す力が働きます(最初は周囲とピストン内の圧力が同じだった場合)。

しかし力は、押し返す方向だけではなく、全ての方向に発生します。
その力によってピストンは少し変形して、元に戻ろうとする弾性力が働き、力が釣り合った状態になります。

ピストンに入った気体

なぜ、そうなるのでしょう。
分子の運動で考えてみます。

ピストンを押したとき、動いているピストンに衝突した分子はその方向に加速されて跳ね返ります。

気体分子の跳ね返り

横方向への速度は変わりません。

このままだったら、ピストンを押し戻す方向だけに力が発生し、横方向に変化はないはずです。

でも、そうならないというのが熱統計力学の基本原理なのです。
統計力学では、エネルギー等分配の法則と呼ばれています。

ゴム分子の運動も、その基本通りランダムなのです。

そのランダムな運動によって、引っ張った方向と逆方向だけに力が発生するというのは、不思議に思えるのものなのです。

広い意味でのエントロピー力

最近、方向性のない圧力によって発生する力もエントロピー力と呼ぶ風潮があるようです(一般的なのかどうか知りませんが)。

これをエントロピー力と呼ぶと、熱力学的な仕事のほとんどがエントロピー力起因になってしまいます。

熱力学の範疇では当たり前ですが、力学全体から見ると特殊な、不思議な現象のように思えるのだと思います。

そのせいか、「気体はエントロピー弾性」という記述を見かけることがありますが、弾性体ではない(弾性という性質を持っていない)ものをそう呼ぶのは、さすがに無理がありすぎです。

それは置いておいて、気体のは圧力が普通の力学から考えると変わっているのも事実です。

気体は放っておくと広がっていく性質を持っています。
真空中に気体の塊を置くと、どんどん広がっていき、一定の体積に閉じ込めるためには力が必要になります。

まるで、気体分子の間に斥力が働いているかのような挙動です。

この特性を使って、エアシリンダー、エアクッションなどのシステムをくみ上げることができますが、その挙動は一般の力学とは異なったものになります。

力を熱力学的に表してみる

このような場合も含めて考えられるように、力を熱力学的に表してみようと思います。
熱力学を知らない人にもわかるような形で進めるので、知っている人には退屈かもしれませんがお付き合いください。

イメージしやすいように、ゴムを例にとって説明していきます。

仕事とエネルギーの関係

x方向にfの力でゴムを引っ張ているとします。
ゴムは-fの力で縮もうとしていて、力は釣り合っています。

この状態で、x方向にごく微少量dx引っ張ってみましょう(力が釣り合っているのなら引っ張れない? まあここは微少量ということで)。

このとき、fdxのプラスの仕事を与えているので、エネルギーEが増加します。
まあ、エネルギーの定義みたいなものですね。

fdx=dE

エネルギーの分解

ここで、周囲の環境を考慮していきます。
通常なら室温で1気圧の空気に囲まれている、これが周囲の環境です。
環境を考慮するのは、もし環境にエネルギー変化があったら、それも考慮に入れてエネルギー保存則を適用しなければならないからです。

そこで、エネルギー変化dEを、ゴムのエネルギー変化dEgと環境のエネルギー変化dEeに分けて書きます。

fdx=dEg+dEe

ここで、仕事が作用したのはゴムですから、環境にエネルギー変化があったとしたら、それはゴムから移動したエネルギーだということです。

エネルギーの移動は、仕事か熱のどちらかの形態で起こります。

そこで、環境のエネルギー変化dEeを、仕事として移動したエネルギーdEwと、熱として移動したエネルギーdEqにわけて書きます。

fdx=dEg+dEe=dEg+dEw+dEq

これで、周囲の環境も考慮した力の式ができました。

熱力学的な展開

一般的な力の式は、ここまでで終了です。
ここから先は、引っ張っるときの条件によって変わってきます。

普通は、圧力一定、温度一定の場合が多いので、その条件で考えていきます。

仕事として移動したエネルギーdEw

ゴムから環境へ仕事で移動したエネルギー変化dEwを考えてみます。
このようなエネルギー移動は、ゴムの体積が変化した場合に起こります。

もしゴムの体積Vが大きるとしたら、その場所にあった空気を押しのける必要があります。
その仕事がdEwになるのです。

圧力Pが一定の場合、 体積変化をdVとすると、

dEw=PdV

となります。

熱として移動したエネルギーdEq

今考えているのは、力が釣り合った状態での変化です。
これを準静的な変化と呼びます。

温度一定の場合、熱として移動したエネルギーdEqは、温度をT、ゴムのエントロピー変化をdSとして、

dEq=-TdS

と表されます。

なぜ? と問わずに受け入れてください。
これを「エントロピー変化と呼ぶ」というエントロピーの定義ですから。

他の場合

圧力一定ではなく体積一定という場合もあります。
ゴムの体積が変化しないよう圧力が変わるような条件です。
この場合は、
dEw= 0
となります。

また温度一定の替わりに、断熱条件ということもあります。
ゴムと周囲を断熱して、ゴムの温度が上がっても周囲に熱が逃げないようにした変化です。
この場合は、
dEq =0
となります。

体積も圧力も変わる場合とか、少しだけ熱が移動する場合などは、簡単に表すことはできません。

熱力学的な力の式

ようやく熱力学的な力の式ができました。

ゴムのエネルギー変化dEgをdEと書き直します。
温度、圧力一定の場合、

fdx=dE+PdV-TdS  (T、P一定)

dVはゴムの体積変化、dSはゴムのエントロピー変化なので、周囲の環境のエネルギー変化もゴムに関する量で表すことができました。

誤解のないように偏微分の式で書くと

$latex f_{x,P,T}=\left(\frac{\partial E}{\partial x}\right)_{T,P}+P\left(\frac{\partial V}{\partial x}\right)_{T,P}+T\left(\frac{\partial S}{\partial x}\right)_{T,P} &s=1$

といった感じです。
エネルギーや体積などを、圧力と温度と位置の関数で表し、圧力と温度一定の条件で微分しましょうという意味です。

ここで、Eが物質の内部エネルギーUなら、ギブズの自由エネルギー”G=U+PV-TS”を使って、

$latex f=\left(\frac{\partial G}{\partial x}\right)_{T,P} &s=1$

と簡単に表せます。

他の条件の場合

ついでなので、他の条件の場合を一覧にしました。

温度一定、体積一定
$latex f=\left(\frac{\partial F}{\partial x}\right)_{T,V} &s=1$ (F:ヘルムホルツの自由エネルギー)

断熱、圧力一定
$latex f=\left(\frac{\partial H}{\partial x}\right)_{S,P} &s=1$  (H:エンタルピー)

断熱、体積一定
$latex f=\left(\frac{\partial E}{\partial x}\right)_{S,V} &s=1$

変数と状態量の関係は、熱力学を知っている人ならおなじみの対応になっています。

熱力学的な力の式が意味するもの

$latex f_{x,P,T} =\left(\frac{\partial E}{\partial x}\right)_{T,P}+P\left(\frac{\partial V}{\partial x}\right)_{T,P}+T\left(\frac{\partial S}{\partial x}\right)_{T,P} &s=1$

とりあえず、この式 で考えてみましょう。

一般的な式である

ゴムを例にとって説明しましたが、式の導出に使ったのはエネルギー保存則だけです。
エアシリンダや浸透圧や蒸気圧を使ったシステムなどにも使える、一般的な式になっています。

保存力を表す

式の導き方からわかるように、これは保存力を表しています。
力はx、P、Tの関数になっていますが、P、Tは一定なので、実質xだけの関数です。

力学的な保存力も内包する

この式のEは対象としているもののエネルギーを示します。
もちろんポテンシャルエネルギーもこの中に含まれます。
xを変えたときポテンシャルエネルギーだけしか変化しないのであれば、力はポテンシャルエネルギーの位置微分で表されます。

力学的エネルギー→熱=散逸ではない

この式で、最後のエントロピー項が支配的な場合(ゴムやエアシリンダなど)は、使った仕事は熱として周囲に放出されます。
力学的なエネルギーが熱になっていますが、これはエネルギーの散逸ではありません。
逆に動かせば、吸熱してちゃんと力学的なエネルギーに戻ります。

おそらく、力学の観点からすると、ここが不思議に思えるのではないでしょうか?

エントロピーの増大

ここまでの話は、全エントロピーに変化がない場合を扱っています。
熱力学でも、エネルギーが熱として散逸することがあり、多くはそれを扱っています。
同じ熱でも、回収できるものと散逸して回収できないものに分けて考える必要があり、そのためにエントロピーという指標を使っているのです。

言ってみれば散逸で発生した熱は増えることはあっても減ることはない、それを表しているのがエントロピー増大の法則だと言えます(温度の効果も加味しないといけませんが)。

エントロピック重力

エントロピック重力理論は、こんな単純に示せるものではありません。
でも、とりあえず重力がここで導いた式のエントロピー項によるものだとして簡単に計算してみました。

地上で1kgのものを1m持ち上げたときの熱量変化は、約2.3cal。
1kgの水だったら、0.0023℃の温度上昇に当たります。
そんなことが起こるのなら、とっくに見つかっているでしょう。

でも、ちょっと気になるのです。

これまでに知られている基本的な力は、完全にポテンシャルエネルギーだけなのか?

わずかでもエントロピー項が含まれている可能性はないのだろうか?

単なる妄想ですが。