iPhoneが自然に出来上がることはあるのか? 自然にの二つの意味

 何もしないのに、自然にiPhone(他のスマホでも)が出来あがるということはあり得るでしょうか?

 使用物質の原材料(各種鉱物など)を全て集め、放っておくと、自然にiPhoneになるということです。
 あり得ませんよね。

 では、何故あり得ないのでしょうか? 

 実際にiPhoneは存在します。自然に出来ることがないものが実際にあります。これは「自然にできたものではない」ということでしょうか?

 なんか混乱してきました。「自然に」「放っておいて」の意味をもう一度よく考えてみます。

自然にできるの二つの意味

自然にiPhoneができることはあるか?

 何もしないのに、自然にiPhone(他のスマホでも何でもいいですが)ができ上がることはあり得るでしょうか?

 もう少し具体的に言うと、iPhoneを製造するときに使われる出発原料(各種鉱物など)を全て集め、放っておいたら自然にiPhoneになるという現象が起きるか? という意味です。

 答え

「あり得ません」

 答えは決まってます。

 しかし「何故あり得ないのか?」と説明するのは、中々難しいのです。。

「自然にはあり得ない」という言葉はふたつの違った意味に受け取ることができます。それを区別しないと、混乱します。

 まずは、2種類の意味から説明してみましょう

外から何の影響も受けずにできるのか

 ひとつ目は「外から何の影響も受けずにiPhoneが出来あがることはない」という意味です。

「放っておいても」を「外から何もせず」と捉えた解釈です。
 少し不正確な表現になりますが「エネルギーを供給しなくてもできる」を「自然に出来る」と呼ぶと考えると、イメージしやすいでしょう(熱力学的な表現を使えば他に何の変化も起こすことなしに作ることはできないということ)。

 これは絶対にあり得ません。

 熱力学に反します。物理の法則で「できない」とされていることですから、どうやったってできないのです。

人工的に手を加えない状態でできるのか

 ふたつ目は「人間が手を加えることなしに、iPhoneが出来あがることはない」という意味です。人間ではなく宇宙人やロボットが手を加えることもなしです。人間がiPhone製造用に設計した工場もなしです。
放っておいて」を「人工的に手を加えずに」と捉えたものです。

 この場合、人工的ではなければ外からエネルギーを与えられてもいいとします。太陽光が当たったり、風が吹いたり、雷が落ちたり、寒暖差にさらされたり、偶然であれば何でもありです。近くで星が爆発して、強烈な宇宙線に晒されたり、超高温になったりしても偶然ならOKです。

「iPhoneを作ろうという意思がなく、偶然に任せておくだけでiPhoneができる上がることはあり得ない」と言う方が正確でしょう。

 これも、あり得ません

 しかし、ひとつ目の意味合いとは違います。熱力学には反していません。この条件下なら熱力学的には「iPhoneができることもあり得る」のです。

 ただし現実的にはあり得ないと言っていいでしょう。

 偶然iPhone ができる可能性が、あまりにも低すぎるからです。
 実際に可能性を計算することはできませんが、まあ宇宙の年齢分の時間が経過したとしても、その間に偶然iPhoneが出来あがる可能性はほぼゼロと言い切ってもいいでしょう。

 でも実際にiPhoneはあります。

 自然に生物が誕生し、自然に進化し、自然に知的生命体になって、iPhoneを作っています。目の前にあるiPhoneは、そんな偶然が重なって、ほとんど可能性がゼロの状態が起こったとも言えます。

 ですから「同じ偶然がもう一度起こる可能性はほぼゼロだ」と言った方が正解かもしれません。

ふたつの意味の比較

 このふたつの意味は、どちらも結論は「あり得ない」で一致しています。しかし、意味合いは全く違います。

 前者は、「物理法則上、絶対にできない」ということです。ですから、人間がどんなに手を加えても絶対に不可能です。

 後者は、「確率的にあり得ない」ということです。「確率がきわめてゼロに近い」と言った方がいいかもしれません。
 これは、物理法則には反していません。ですから、人間が手を加えればiPhoneを作ることができるのです(エネルギーは必要ですが)。そのおかげで、現在iPhoneが存在しています。

 人間は、物理法則に反することはできません。しかし、確率的にあり得ないことなら、その確率を上げてやることは可能なのです。

熱力学的に考える

熱力学でいう自然にできないという意味

 熱力学で「自然にできない」と表現する場合は、前者の意味で使います。人間が手を加えるかどうかは関係ありません。

 技術の粋を集めて、iPhone製造装置を作ったとします。どんなに技術が進歩しても、その装置さえあれば放っておいてもiPhone ができるということはあり得ないのです。エネルギーを与えて装置を稼働させて初めて製品ができるのです。

「自然にできる」=「放っておいてもできる」ですが、この場合の「放っておいても」は「外からエネルギーなどを供給しなくても」という意味で「人の手を加えなくても」ではありません。

 このことを理解していないと、熱力学を勉強するときに必ず混乱しますので、改めて強調しておきます。

エントロピー増大の法則は確率的なもの?

 少し話題を変えます。エントロピー増大の法則についての考え方です。

 エントロピー増大の法則について「確率の低い方から確率の高い方に変化する」という説明が多用されています。

「秩序だった状態から無秩序な状態に変化するのは、その方が確率が高いからだ」
「エントロピーが減少する可能性は極めて低く、宇宙の年齢以上の時間をかけてもそれを目撃することはできない」

 といった表現です。

 はっきり言います。

「間違いです」

 もし、これが本当なら「自然に起きることはない」のふたつの意味に違いはどう捉えればいいのでしょうか? 両方とも確率が極めて低いという意味になってしまいます。

 いやいや、確率が極めて低い場合にも二通りあるのだ

どうやっても確率を上げることができないもの
上手くやれば確率を上げられるもの

 このうち、エントロピー増大の法則は「どうやっても確率を上げることができないもの」の方について述べた法則だ。

 まあ、そう考えることもできるでしょう。実際にそう考えられていた時期もあります。

 古典論(量子力学を使わない)範囲では、このように解釈するしかありません。だから今でも、確率で説明することが多いのです。だって量子力学から説明すると大変だもん

 量子力学を使っても、完璧に納得できる説明は難しいし。

 ということで、説明はしません(能力不足でできない)が、エントロピー増大の法則は確率的に起こらないというものではありません。

最近の進歩

 話が脱線してきたので、ついでに話題を変えます。

 確率的にあり得ないことなら、人間がその確率を上げてやることは可能と書きました。

 別に人間に限りません。
 実は、確率を上げる方法の基本は、状況によって動作を変えるフィードバック機構です。原始的な生物でも、フィードバック機構によって自然に起きる可能性が低い現象を起こしています。

 もし、エントロピー減少が確率の問題だった場合、分子を識別して、それに応じてフィードバックしてやれば確率が上がるかもしれません。

  そんなことは昔の科学者たちも先刻承知で、実際に分子レベルで識別や操作ができる「マクスウェルの悪魔」という存在を仮定した議論が長く続いています(現在まで約150年間も続いています)。

 マクスウェルの悪魔が提唱された時代は、まだ分子の存在すら直接捉えることができない時代です。分子を識別したり操作したりするなど夢の世界です。
 その後、誕生した量子力学も、分子のようなミクロなものを識別したり操作することの困難性を示す理論のように思えました。

 ですから、マクスウェルの悪魔の問題は純粋に理論的なこととして議論されてきたのです

 最近までは

 現代では、実際に分子ひとつひとつを観測したり、操作したりできるようになってきました。マクスウェルの悪魔は理論上の思考実験にとどまらず、実用的な問題の領域に入ってきたのです。

 ですから最近になって急速に研究が進歩しています。二百年も前に生まれたエントロピーの概念が、現在でも議論されているのです。

 その結果を総合的に判断すると、エントロピーの減少は確率の問題と考えるより、原理的にあり得ないと考えた方が自然です。

 エントロピーの説明には気を付けて

 もう一度書きます。二百年も前に生まれたエントロピーの概念が、現在でも議論されています。

 少し前に書かれた教科書に書いている説明が、あっという間に時代遅れになったりするということです。ネットで調べても古い考えと新しい考えが入り乱れています。

 気をつけないと混乱します

 これは仕方ありません。

 勉強しても意味がないと言っているのではありません。
 入り乱れているのはエントロピーの解釈だけです。それ以外は何の問題もありません。

 熱力学的に熱量で定義したエントロピーも、統計力学で状態数を用いて定義したエントロピーも、それ自体に疑問を挟む余地はありません。勉強したい、知識としてある程度知りたい、というのであれば、何も心配せず調べていって大丈夫です。

 ただ、エントロピーの解釈の部分は、変わる可能性があるということを知っておけばいいのです。

 まあ、物理理論の概念の解釈なんて、色々あって当然と言えば当然ですし。

マクスウェルの悪魔

 マクスウェルの悪魔について「分子レベルの識別や操作ができる存在」として紹介しました。非常に面白いテーマなので、別途説明をしたいと考えています。

 ただ、今回の記事で、エントロピーの概念が今でも変わっていること、それによって古い説明と新しい説明が入り乱れていることを書いたので、それに関連することだけ指摘しておきます。

 マクスウェルの悪魔の説明は、とんでもなく入り乱れています

 マクスウェルの悪魔は、なぜエントロピーを減少させることができか、という説明が入り乱れているのです。これも仕方ありません。今でもそれに関する論文が次々出ている状況ですから。

 こういう説明を見たことはありませんか?

「マクスウェルの悪魔は、分子を観察するときにエントロピーを増大させてしまう」

 これは四十年前まで信じられていた説明です。一応これだけは間違いだとして置きましょう。

 ちなみに現在の議論は、1982年にベネットが発表した情報を用いた解釈がベースになっています。1982年ですよ。そこから本格的な議論が始まったようなものです。マクスウェルの悪魔が提唱されたのが1867年ころですから、100年以上経ってからのことです。

 いやはや凄い。面白い。早くマクスウェルの悪魔の説明を書きたくなってきた。
 そのために、少し情報理論を勉強しなければ……。

最後にまとめ

 話がかなり脱線してしまいましたので、今回の記事で本当に書きたかったことをまとめます。
「自然に起きる」という言葉は二通りの意味で捉えることができます。

ひとつ目
「自然にできる」=「放っておいてもできる」=「外からエネルギーなどを供給しなくても起きる」

ふたつ目
「自然にできる」=「放っておいてもできる」=「人の手を加えなくても起きる」

 そして、熱力学でいう「自然に起きる」は、ひとつ目の意味です。これを混同すると、熱力学を理解することが難しくなります。

 あえて、こんなことを書くのは、実際に混同している場合が多いからです。これから熱力学を勉強する人、気を付けて下さい。

コメント

  1. 刃浜 より:

    有機化学で博士号取った者です。
    今までエントロピーが必ず増大するのは統計的な大数の法則のためと思っていましたので
    >説明はしません(能力不足でできない)が、エントロピー増大の法則は確率的に起こらないというもの>ではありません。
    この文面には衝撃を受けました。
    質問ですが、 A+B ⇄ C という化学反応があったとして(Aの分子数とBの分子数は等しい)、両者のギブズエネルギーの差ΔG=-2kcal/mol の場合、統計的には A:C=1:9となるのですが、例えばAが1分子しかなかった場合は必ずCになるんですか?この場合逆反応(CがAになる反応)が全く進行しない納得の行く説明ができるのでしょうか?
    また、Aが10分子でスタートした場合、A1分子C9分子の状態に必ずなるとして、その後微視的な時間スケールでもA2分子C8分子という状態が起こることは無いんですか?つまり事実上平衡反応ではなくなっていると思うのですが、この場合は今まで当然のように起こっていた正反応(AがCになる反応)も起こらないことになってしまいます。この説明も良く分かりません。

    以上、お答え頂ければ幸いです。

    • リケイ人 より:

      刃浜様
      コメントありがとうございます。
      「エントロピー増大の法則は確率的に起こらないというものではありません」という言葉は言い過ぎかもしれません。
      発生する確率が低い現象のうち「その現象が起きる確率を上げることができる、上手く条件が揃えば確率が上がる」という場合は熱力学に反しないのですが、エントロピーが減少する現象は「全知全能の神でも、確率を上げることすらできない」というところまでは間違いないと思っています。

      ご質問の件ですが、これまでなら「熱力学は多数の分子の統計的な特性を扱うもので、分子ひとつとか10個の場合には適用できない」と言われる問題ですね。
      この場合でも熱力学が適用できるとすれば「分子がAとBなのか、Cになっているかは確定しておらず、測定したときに初めて確定しCと観測される確率が9割」という量子力学の考えが必要になってくると思います。
      10分子の場合も、「測定したときにA2分子C8分子という結果が得られる」ことはあって、その確率は計算できます。もちろんA1分子、C9分子という結果が得られる確率が一番高いはずです。
      確率が低い結果を得たときほど、測定のエントロピー増加が大きい(確率の低い結果を得るほど、情報のエントロピーが大きい)ことと合わせれば、全エントロピーは減少しないことになります。

      私も化学屋ですが、化学の分野は分子運動論や古典統計力学と相性がいいので、そのイメージで考える習慣がついています。でも、分子の数が少なくなると量子論で考えないといけないということでしょう。

      上手く説明が出来ず、申し訳ありません。
      今、この辺りの説明記事を書こうとしていますが、苦戦している状態です。

  2. 刃浜 より:

    ご回答誠にありがとうございます。

    自分は有機が専門で量子論に疎いため、その考え方にはしっくりこないところがありますが、そう言われると納得せざる負えないですね。
    ちなみに分子が1分子の場合で最初の観測でCだった場合で、その後何回観測しても常にCというわけではなく、10%の確率でA+Bになるものの観測するために費やすエントロピーの方が大きいため熱力学の第2法則に反しないという解釈で良いですか?

    熱力学の第2法則が統計的な結果ではなく自然の原理であることが確からしい(明らか?)理由は知りたいと思ってますので、説明記事を楽しみに待っています。