理系レベルと文系レベルの対比|スノーの嘆き

 チャールズ・パーシー・スノーは、「二つの文化と科学革命」と題して、理系と文系の文化の隔たりに警鐘を鳴らしました。

 その中で、文系(人文科学)と理系(自然科学)の分野で、同等とされるレベルを対比していますが、その内容はかなり過激で論争を巻き起こしました。
 スノーが主張する文系、理系の教養レベルと、その意味合いをひも解いてみたいと思います。

スノーが考えた文系と理系の教養のレベル

スノーの対比

 スノーは、文系の初歩のレベルを次のように表しました。

「あなたは、読むことができますか?」

 イエスなら、文系の入門編クリアです。
 これに相当する理系の初歩は

「質量、加速度を理解していますか?」

 というものです。イエスなら、理系の入門編クリアです。
 スノーは、このふたつの質問が同じレベルだと主張しています。

 次のステップです。
 文系の第2ステップ

「あなたは、シェークスピアの作品を読んだことがありますか?」

 スノーはイギリスの学者なので、シェークスピアの名前を挙げていますが、意味合いとしては名作と言われる国民的な作品を読んだことがあるかということです。

 これに対する理系の第2ステップ

「あなたは、熱力学第二法則を説明できますか?」

 これが、同じレベルだそうです。

 理系で名作と言われる作品を読んだことがある人は沢山います。逆に文系で熱力学第二法則を説明できる人などほとんどいません。おそらく「熱力学」という言葉を知っている人も少ないのではないでしょうか。

 そう考えると、文系にかなり手厳しい主張です。

スノーの真意

 スノーの言葉に、文系の人はカチンときたかもしれません。理系の人間が文系を見下して、馬鹿にしているような感じがします。

 確かに言い過ぎの感はありますが(はっきり言って言い過ぎですが)、スノーが嘆いていたのは、文系と理系の乖離です。スノーがこの言葉を残したのは1959年ですが、当時のイギリスで、文系の理系の文化が大きくかけ離れて、全く別物になっていることに警鐘を鳴らしたのです。

 そして、理系の立場から、

「文系の学者が科学を全く知らない(興味もない)というのはいかがなものか?」

 という問いかけをしたのです。

「教養」という言葉があります。自分の専門分野ではなくても、少なくとも持っておくべき知識と言った意味合いです。

「いくら理系でも、教養として古典の名作くらいは読んでおくべき」

 これには、同意する人も多いでしょう。少なくとも、学者や文化人のように知を仕事にする人なら、そう合って欲しいと思います。

「いくら文系でも、教養として熱力学第二法則くらいは人に説明できるべき」

 これに同意する人は少ないのではないでしょうか? スノーが嘆いていたのは、このことです。

「科学なんて専門家に任せておけばいい。自分たちが知っている必要は全くない」

 という風潮を嘆き、教養として初歩の初歩くらいは知っておいてほしいと言いたかったのです。

同僚の文系教授への批判

 スノーは、同僚の文系教授に例の質問をして、次のように批判したそうです。

「現代の物理学の偉大な体系は進んでいて、西欧のもっとも賢明な人びとの多くは物理学にたいしていわば新石器時代の祖先なみの洞察しかもっていないのである」
 wikipediaより引用

 そこまで言うか! というほど辛辣です。

「新石器時代の祖先なみの洞察」とかいう過激な言葉に目がいってしまいがちなので、やわらかく翻訳してみます。

「物理学が100のレベルまで進んでいるのだから、大学教授を名乗るくらいの人なら、せめて1か2くらいは教養として知っておいて欲しい」

 うん、これなら同意です。

スノーの発言の裏にあるもの

スノーの発言の時代背景と環境

 スノーは1905年生まれです。

 1905年といえば、アインシュタインの奇跡の年ですので、20世紀を代表する大きな物理理論「相対性理論」と「量子力学」と同い年と言ってもいいでしょう。

 20世紀前半の物理の大変革を目の当たりにした世代です。

 スノーは、物理学者と小説家のふたつの顔を持っていました。
 そして、人文科学の学者、自然科学の学者、そして多くの教養ある文化人(政府の役職を務めていたこともあるため)との交流があったようです。

 文系と理系の比較をするには、うってつけの経歴です。

 彼は、物理が大きな発展を遂げる一方で、文系学者が物理に無頓着だったために、理系と文系の文化の隔たりが大きくなり、共通の言葉で会話できないほどの溝ができたことを強く実感する立場にあったのです。

スノーは、何故過激な発言をしたのか?

 スノーは、文系と理系の大きな隔たりに危機感を覚え、文系の学者も科学の基本的な知識を身に着けるべきと主張しました。

 そのことは理解できるとして、何故これほど過激な言葉を使ったのでしょうか?

 彼は、文系の知識人との会合で、科学者の無学を嘲笑するような発言を良く耳にしていたようです。

「まったく科学者というのは教養の欠片もない奴らだ」

 みたいな言葉です。

 スノーはそれに耐えきれず、例の質問を文系知識人に投げかけたそうです。「新石器時代の祖先なみの洞察」などという過激な言葉は、彼らに向けたメッセージなのでしょう。

 だからと言って、スノーは文系と理系のレベルの比較をオーバーに表現した訳ではないようです。

「あなたは、シェークスピアの作品を読んだことがありますか?」
「あなたは、熱力学第二法則を説明できますか?」

 スノー自身は、本当にこのふたつの質問が同等のレベルだと考えていました。

 誤解のないように補足しておきますが、スノーが指摘したのは難しさを比べるような絶対的な比較ではなく、あくまでも相対的な比較です。

「文系の最先端の知識を100としたとき名作を読むことが3に相当する」とすれば、「理系の最先端の知識を100として3に相当するのが熱力学第二法則を説明できること」だということです。

 これが妥当なのかどうか、私にはわかりません。
 スノーのように、文系、理系ともに最先端に近い素養がなければ比較は無理だからです。

現代日本の状況

 現代の日本は(日本以外良く知らないので)、スノーの時代とは変わってきています。

 自然科学に無関心な人は少なくなっていますし、信頼も高くなっています。科学技術の恩恵を多く受けているからでしょう。

 おかげで、スノーの時代のように「理系の人間には教養がない」と文系の人に嘲笑されることはありません。理系人間にとってはありがたいことです。

 また、文系と理系の乖離も少しずつ解消されています。少なくとも文系の最先端では、理系の学問に無関心ではいられない状況です。数学を全く必要としない学問分野はもはや非常に少ないでしょう。

 ただし、一般的には文系と理系の乖離は残ったままです。文系の人にとって「物理なんて難しくてわからないもの」という感覚が残っています。

 科学に興味はあるし信頼もしている。しかし難しくてわからない。そんな状況です。

 その弊害として、エセ科学を使った商売がのさばっています。
 いかにも科学的であるかに装うことで信頼させて、ものを売りつけるという詐欺です。

「科学なんて難しくてわからないもの」という拒否反応を捨ててみませんか。最近、盛んに言われていますが、科学リテラシーは今後ますます重要になってきます。エセ科学の出現頻度が、どんどん増しているからです。

 はっきり言います。エセ科学はとんでもなく低レベルです。それを見抜く程度の科学リテラシーなら、拒否反応さえ取り除けば必ず身に付きます。

「質量、加速度を理解していますか?」
「あなたは、熱力学第二法則を説明できますか?」

 でいうと、「質量、加速度を理解していますか?」に近いレベルで充分です。スノーの主張から言えば、文系にとって「何か(何でもいいから)本を読んだことがある」くらいのレベルです。

「で、どうやって拒否反応を取り除けばいいんだ?」

 すいません。
 それは私には分かりません。

 でも、拒否反応を取り除けるような記事を書きたいとは思っています。実は、それがこのサイトを立ち上げた目的のひとつです。

 無謀な挑戦だと笑われそうですが。

スノーの言葉の意味

「質量、加速度を理解していますか?」
「あなたは、熱力学第二法則を説明できますか?」

 今まで、この言葉の意味を全く説明せずに使ってきました。

「質量、加速度を理解していますか?」

 これは、おそらくニュートン力学で定義された「質量、加速度」のことです。
 スノーが「二つの文化と科学革命」を発表したのは、1959年なのでとっくに一般相対性理論が完成しています。
 かといって、さすがに一般相対性理論でいう「質量、加速度」が「あなたは、読むことができますか?」と同レベルだなんて、いくらスノーでもいうはずがありません。
 ましてや量子力学での「質量」の理解などではありません。素粒子の質量の起源を示すヒッグス機構が発表されたのは「二つの文化と科学革命」の発刊後ですから。

「あなたは、熱力学第二法則を説明できますか?」

 こちらも説明しておきます。といっても当たり前のことです。この質問は文字通り「熱力学第二法則とはどのようなものか説明できますか?」ということです。

「何故、熱力学第二法則が成り立つのか?」という説明ではありません。そんな難しいこと要求するはずもありません。

 統計力学的から借りてきた(でも不正確な)イメージでの説明もスノーが求めている答えではありません。少なくとも科学的な説明であることだけは譲れませんから。

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