学校で教えてくれない溶液の性質ー蒸気圧と浸透圧の不思議な関係

 溶液の特性といえば、蒸気圧低下、沸点上昇、凝固点降下、浸透圧……習ったものの、何か納得いかないと感じた人も多いでしょう。

「溶液には、こんな特性があります」と並べて教えられるだけでは、それを丸暗記するしかありません。それでは納得できなくて当然です。

 ここでは、少し踏み込んで、溶液の特性同士の関連性や、背後に潜む法則を説明していきたいと思います。

蒸気圧低下と浸透圧に関連性はあるのか?

 この記事を書こうと思ったのは、Q&Aサイトで「浸透圧と飽和蒸気圧の関係について質問です。」という質問を見つけたのが、きっかけです。

 内容の抜粋を示します。
U字管の中に溶液と水が入っていて半透膜で仕切られている状態では(水のみが通ることができる)、浸透圧によって当然液面差が生じます。それをラウールの法則による飽和蒸気圧の差に着目して説明しようとしたのですがよくわからなくなってきました。 <略>

 ここで、ラウールの法則というのは、溶液の蒸気圧降下に関する法則です。

 簡単にまとめると、「溶液の蒸気圧降下と浸透圧の関係を示そうとしたけど上手くいかない」という質問です。

 回答を見てみると、全てが「蒸気圧と浸透圧は全く別の特性なので関係ない」というもので、質問者もその回答に納得しています。

「もしかして、これが一般的な認識なのか?」 驚きました。

 はっきり言います。 蒸気圧と浸透圧には、関連があります。それも、どんな場合でも必ず成り立つ普遍の関係です。

U字管の液面変化を広い目で見てみる

 先ほどの質問を考えてみましょう。

 図のように、半透膜を隔てて水と水溶液を入れると、水が半透膜を通して水溶液側に行こうする浸透圧が生じ、水と水溶液側の液面に差ができます。

 そして、液面差による圧力と浸透圧が釣り合うところで平衡に達します。

 これがU字管を使った浸透圧の実験です。

 この浸透圧による液面差を、蒸気圧で説明しようというのが先の質問です。

 ここで、浸透圧によって液面差ができたU字管を一定温度の場所に置いておいたとき、この状態から液面は変化するでしょうか。

「平衡状態にあるので変化しない」

 普通の浸透圧の問題であれば、これで正解です。

 でも、今は蒸気圧との関係を知りたいのです。

 浸透圧だけではなく、蒸気圧まで含めた全体の変化の問題なら、答えは変ってきます。

「放置している場所が、普通の室内なら水が徐々に蒸発して液面が低下していく」

 くらいの答えになるでしょうか。

 半透膜を通した水の移動は平衡状態に達していますが、液面を通した気体⇄液体の変化は平衡状態にあるのかどうか、問題文ではわかりません。

 もし周囲が湿度100%なら水は蒸発しません。

 蒸発の仕方は周囲の環境で変わります。

 周囲の環境(湿度)との平衡も考えたいのですが、水が全部蒸発していくようなイメージになってしまいます。

 ということで、気体の部分の体積を小さくして考えてみます。

O字管で考える

 イメージしやすいように、U字管の上部をつないでO字管にしましょう。 

 気体の部分の体積を小さくしただけです。

 そして気体の部分は水蒸気だけが存在するとしましょう。

 一旦真空にして、水の蒸発によって発生する水蒸気だけで満たされた状態です。

 別に空気があっても議論に違いはありませんが、いらないものは省いて考えた方が簡単です。

 ここで問題です。

「平衡に達した後の気相部の水蒸気の圧力はどうなっているでしょうか?」

 普通なら答えはこうです。

「水の飽和蒸気圧と一致している」

 水が蒸発しようとする飽和蒸気圧と気体の水蒸気の圧力が同じになったところで平衡になり、それ以上蒸発しなくなります。

「では、溶液側(右側)の液面での水蒸気の圧力はどうなっているでしょうか?」 

 もう言いたいことがわかってきたと思います。

 左側の水の液面では水蒸気の圧力は水の飽和蒸気圧と一致しています。

 水蒸気の圧力が一定なら、溶液側でも水蒸気の圧力は水の飽和蒸気圧と同じはずです。

 でも、水溶液では溶質が溶けることで飽和蒸気圧が低下します。

 もし気体の部分が水の飽和水蒸気と等しいなら、液面から蒸発するのではなく、水溶液が気体の水蒸気を吸収することになります。

「水とり○○さん」が液体になっても吸湿していくのと同じ現象です。

 そうなると、気体の水蒸気の圧力が低下する ⇒ 水の飽和蒸気圧より低くなるので左側の水面から水が蒸発する 気体の水蒸気圧が上がる ⇒ さらに左の水溶液に水蒸気が吸収される ⇒ ………

 そうなると、左の液面が下がり、右の液面が上がり、浸透圧以上の圧力差が生じて半透膜を通じて水が左から右に移動する、そんなことが起きてしまします。

 ここに水車でも設置しておけばエネルギーが取り出せる永久機関の出来上がりです(第二種永久機関と呼ばれるものです)。

 こんなことは起きそうにありません。

 何かが間違っています。

見逃している点は何か?

 間違いは「水蒸気圧力が一定なら」という仮定にあります。

「平衡状態では気体の圧力はどこも一定」通常はそう考えても問題ありません。

 でも、厳密に言えば重力がある場合は圧力一定ではありません。

 高い山に登ると気圧が下がるのと同じです。

 重力が作用している場合は、平衡状態では高い位置にある気体ほど圧力が下がります。

 水面と溶液面には液面差があるので、液面に接している水蒸気の圧力は左右で違うのです。

 もし、高度差による水蒸気の圧力の差と、水と水溶液の蒸気圧の差が一致して両方の水面ともに平衡状態にあれば問題解決です。

 たったこれだけの液面差によって発生する気圧差なんてほとんどない、無視できると思う人もいるかもしれません(確かに普通は無視することが多いです)。

 だったら計算してみるだけです。

飽和蒸気圧から浸透圧の計算

 最初に計算の手順を示しておきます。
 
1.ラウールの法則から水と溶液の蒸気圧差を求める
2.1で計算した蒸気圧差と水蒸気圧差が釣り合う液面差を求める
3.2で計算した液面差によって発生する半透膜左右の圧力差を求める
 
 もし3で求めた圧力差が浸透圧を示すファントホッフの式と合っていれば、計算完了です。

 Q&Aサイトの質問者は、この計算をしたかったのでしょう。

 まずは、計算に必要な溶液の飽和蒸気圧を表すラウールの法則と浸透圧を表すファンホッフの式は以下のとおりです。

ラウールの法則

$latex Ps=Pw\chi$   (1)
$latex \chi=\frac{nw}{nw+ns}&s=2$ (2)

 Ps:溶液の水蒸気圧、Pw:水の水蒸気圧、$latex \chi$:溶液中の水のモル分率、nw:溶液中の水のモル数、ns:溶液中の溶質のモル数

ファントホッフの式

$latex \pi V=nsRT$ (3)

π:浸透圧、V:溶液の体積、ns:溶質のモル数、R:気体定数、T:温度

 では計算をしていきます。 難しい数学は使いませんが(四則演算だけ)ややこしいので数式が嫌いな人は飛ばして下さい。


・水と溶液の蒸気圧差の計算
水と溶液の蒸気圧差をΔPとすると、(1)式より
$latex \Delta P=Pw-Ps=Pw-Pw\chi=Pw(1-\chi)$  (4)
 
・液面差による水蒸気の圧力差
液面差をΔh、圧力差をΔPとすると
$latex \Delta P=\rho g \Delta h $
ρ:水蒸気の密度、g:重力定数
$latex \Delta h=\frac{\Delta P}{\rho g}&s=2 $
 (4)式を代入して
  $latex \Delta h=\frac{Pw(1-\chi)}{\rho g}&s=2 $  (5)
水蒸気の密度ρは、水蒸気の体積V’ 体積V’の水蒸気の質量をM
$latex \rho=\frac{M}{V’}&s=2 $
水の分子量をm、体積V’の水蒸気のモル数n’とするとM=mn’より
理想気体の状態方程式PV=nRTより、
$latex \frac{n’}{V’}&s=2 = \frac{P’}{RT}&s=2 $
$latex \rho=\frac{mn’}{V’}&s=2 =\frac{mP’}{RT}&s=2 $
ここで、水蒸気の圧力P’は、高さによって異なるが、その差は小さいため、水の蒸気圧Pwと等しいとおくと、
$latex \rho=\frac{mP’}{RT}&s=2 =\frac{mPw}{RT}&s=2 $
(5)式に代入すると
$latex \Delta h=\frac{Pw(1-\chi)}{\rho g}&s=2=\frac{RT(1-\chi)}{mg}&s=2 $  (6)
 
・液面差による、溶液と水の間の圧力差の計算
液面差hによって生じる圧力差をπとすると
$latex \pi =\rho g \Delta h $
Δhに(6)式を代入すると
$latex \pi =\rho g \frac{RT(1-\chi)}{mg}&s=2 =\rho \frac{RT(1-\chi)}{m}&s=2 $ (7)
ここで、溶液の濃度が充分低く、溶液の密度は水の密度に等しいとし、溶液の体積をV、体積Vの水のモル数をnw、水の分子量をmとすると
$latex \rho=\frac{mnw}{V}&s=2 &
(7)式に代入して
$latex \pi =\frac{mnwRT(1-\chi)}{mV}&s=2 =\frac{nwRT(1-\chi)}{V}&s=2 $
$latex \chi=\frac{nw}{nw+ns}&s=2 $より、$latex 1-\chi=\frac{ns}{nw+ns}&s=2 $
よって、
$latex \pi =\frac{nwRTns}{V(nw+ns)}&s=2 $
溶液の濃度が薄い場合、
$latex \frac{nw}{(nw+ns)}&s=2 \simeq 1 $
よって、
$latex \pi =\frac{RTns}{V}&s=2 $
$latex \pi V=nsRT $

 

 蒸気圧を表すラウールの法則から、浸透圧を表すファントホッフの式を導くことができました。

蒸気圧と浸透圧の関係の意味

 計算をしましたが「近似だらけで無理やり合わせただけじゃないか」と思われる方もいるかもしれません。

 確かに計算は近似だらけです。

 溶液の濃度が薄いときにだけ使える近似も多く使ってます。

 でも、ラウールの法則もファントホッフの法則も「溶液が薄いときに近似的に成り立つ関係式」です。

 近似式同士を近似的に関連つけただけです。

 ラウールの法則も近似、ファントホッフの法則も近似、両方の式を結び付ける計算も近似です。

 でも「飽和蒸気圧と浸透圧が共に平衡になるという関係は、厳密に成り立っている」のです。

 今回は「O字管を一定温度のところに置いておくと、水がぐるぐる回り続けるようなことが起きるとは考えにくい。そのうち変化しない平衡状態になるはずだ」と考えて、この結果を導きました。

 これを「考えにくい」ではなく「絶対にそんなことは起きない」としたものが「熱力学第二法則」です。

 熱力学第二法則によって、他にも色々な特性の間の関係が導かれます。

 ここまで書いて「ここからスタートして熱力学を説明してみたら面白いな」と思いました。

 いつかやってみたいと思います。

第二種永久機関と熱

 今回考えた、水がぐるぐる回り続けるものを第二種永久機関と呼びました。

 水車でも置いておけばエネルギーを取り出せるので永久機関っぽい気はしますが、エネルギー保存則とはどんな関係にあるのでしょうか。

 それに「熱力学」という割には、全く「熱」が出てきません。

 ちょっと、この辺りを説明します。

 今回のO字管の現象の説明で「熱」は使いませんでしたが、熱は大いに関係します。

 水が蒸発するときには気化熱を奪います。

 水蒸気が液体になるときには、凝縮熱を発生します。

 半透膜を介して水が移動すると(気化熱に比べればごくわずかですが)希釈熱、濃縮熱など熱の授受があります。

 水の状態の変化には「熱」の移動がつきまとうのです。

 もし水がぐるぐる回ると、水面から水が蒸発して周囲から気化熱を奪う、水蒸気が溶液に吸収されるとき凝縮熱を発生する、半透膜を通じて溶液から水に分子が移動するとき僅かな濃縮熱を吸収する、という熱の授受が起きます。

 この全ての熱の授受を合計したとき、周囲から熱を吸収する方が、周囲に発散する熱より多ければ、その熱エネルギーが運動エネルギーに変わったと考えれば、水が運動してもエネルギー保存則には反しません。

 実際に水が運動し始めると摩擦熱が発生して周囲に放出する熱が増えるので、ちょうど釣り合う速度で運動し続けると考えればいいのです。

 もし水車などでエネルギーを回収すると、その分運動する速度が落ちて摩擦熱が減るだけです。

 もし、これが起きないとすれば、それはエネルギー保存則だけでは説明できません。

 そして、この永久機関(のようなもの)はエネルギー保存則に反しないのです。

 また、熱の観点から言えば「運動しないのなら、平衡状態からごく微量の水が水面から蒸発するときの熱、水蒸気が溶液に吸収されるときの熱、半透膜を通して移動するときの熱を合計すると完全に0になる」ということです(反対周りも起きないはずなので)。

 熱に関する新しい法則が必要になるということがわかるでしょうか?

 このように(トータルして)周囲から熱を奪い、それを運動に変え続けるものを第二種永久機関と呼びます。

 この第二種永久機関が実現できないというのが、熱力学第二法則(の表現のひとつ)です。

温度差がある場合

 ちなみに、ここまで何度か「一定温度においたとき」という注釈をつけてきました。

 そうではなく、例えば左の水面の温度を高く、右の水溶液面の温度を低くしたとしましょう。

 この場合左から水が蒸発し、右で吸収されるという現象がおきます。

 もう溶液である必要も、半透膜を設置する必要もありません。

 単に水を入れておいて、左右で温度を変えるだけで、ぐるぐる回り続けてエネルギーを取り出せます。

 このとき、温度の高い方で熱を奪う気化が起こり、温度の低い方で熱を放出する凝縮が起きます。

 温度の高いところから熱を奪って、温度の低いところに放出するので、そのうち両方の温度が同じになったら運動は止まります。

 これは、トータルとして周囲から熱を奪って運動に変えてはいますが、第二種永久機関とは呼びません。

 なので、当たり前のようではありますが「一定の温度に置いたとき」という注釈をつけておきました。

視点を変えて

 ちょっと視点を変えてみましょう。

 下の図の一番左は、O字管の下の部分を完全に分離して、左に水、右に水溶液を入れたものです。

 そして液面から水が蒸発しないように(落し蓋みたいなもので)しています。

 ここで、液を分離している部分を半透膜に変更すると、浸透圧によって液面差ができます。

 これが真ん中の図です。

 液は分離させたままで、液面から水が蒸発できるようにさせたとします。

 するとある程度水が蒸発すると、蒸気圧差によって、左の水面から水が蒸発し、右の溶液面から水が吸収されて液面差ができます。

 これが、一番右の図です。

 このとき、どちらの方法でも最終的な液面差が同じになるのです。

 これが、今回のO字管の考察から得られた結果の別表現です。

「重力が作用する状態で」
「O字管の左右を仕切り」
「溶液に溶けている溶質は右にだけ存在して左には移動できないようにして」
「水分子は左右に移動できる」

 ようにしたときの平衡状態がこの液面差なので、それを実現する方法にかかわらず結果が同じになるということです。

 こう考えれば「蒸気圧と浸透圧に関係があるはずだ」と理解しやすいかもしれません。

 つらつら書いていると長くなってしまいました。

 まだまだ書きたいことがあるのですが、それはまたということで、今回はこの辺にしておきます。

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